かつて池田大作氏は、「もと正宗の僧侶であった『正信会』も、御法主上人の認められた御本尊を拝しているし、読む経文も唱える題目も、われわれと同じである。
外見からみればわれわれと同じようにみえるが、それらには唯授一人・法水写瓶の血脈がない。法水写瓶の血脈相承にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つも無益であり、功徳はないのである」(広布と人生を語る 八-二二八頁)と指導しています。
しかし近年、創価学会が日蓮正宗と離れても会員が不審を抱かないように「御本尊を拝んでいれば、他の宗教的権威は不要」と指導してきました。
さらにそのうえ、純真な会員に対して「御本尊対自分」という指導を徹底し、日蓮正宗本来の法義・伝統に対する信仰心を低下させ、我見と慢心を増長させてきたのです。
日蓮大聖人は『曽谷入道殿御返事』に「返す返すも本従たがへずして成仏せしめ給うべし」(全集 一〇五六頁)と仰せられ、仏道を成就するためには師弟の道を全うしなければならないと説かれています。私たちにとって本従の師に至るには総貫首たる御法主上人の御指南に随順しなければなりません。
創価学会はこの仏法本来の師弟の道を「宗教的権威」と蔑称して否定してきたのです。この悪意に満ちた指導の延長線上で「御本尊対自分」という、もっともらしい指導がなされていることを知らなければなりません。
