89 昭和五十三年十月三日付の「院達」(宗務院からの通達)に「今後は創価学会の板御本尊に関しては、一切論議を禁止する」とありますが、今になって模刻問題を持ち出すのは御先師日達上人に背くことではありませんか。
「昭和五十二年路線」は、昭和五十三年六月十九日に宗門から学会に宛てて送付された「教義逸脱」に対する質問書を受けて、六月三十日付聖教新聞に掲載された「教学上の基本問題について」を、会員に周知徹底する約束と、同年十一月七日の総本山における「創立四十八周年記念幹部会」での謝罪をもって、日達上人は学会の反省懺悔と受けとめ、問題を収束されたのです。
当時、日達上人は宗内僧侶に対して「只今の回答ではまだ満足しない人があるだろうけれども、大体この線で了解を願いたいと思います。そして今後、改めて進んで行こうと思います。又それが三年先、五年先にどう変わっても、それは我々の責任ではないんだから、皆の考えに於いてどう取っても結構だけれども、最近の問題はこの辺で納めて貰いたいと思います」(大日蓮 三九〇-四五頁)と仰せられています。
しかし、正信会と称する一部の僧侶が日達上人の方針に従わずに「模刻問題」を取り上げる動きがあったため、宗務院から昭和五十三年十月三日に「一切の論議を禁止する」旨の「院達」が出されたのです。
ところが、現在、創価学会が謗法路線を鮮明にしているのですから、先の日達上人の「三年先、五年先にどう変わっても云云」のお言葉どおり、宗門として学会の無反省体質を指摘し「本尊模刻問題」が学会の体質そのものであることを指摘するのは当然です。
