正林寺御住職指導(H19.8月 第43号)
多くの方は心情として困難な人生をあまり経験することなく、安泰な生活を望むことでしょう。
日蓮大聖人は『御義口伝』に、
「難来たるを以て安楽と意得べきなり」(御書一七六三㌻)
と御教示です。強盛な信心に立つとき、広大なる大御本尊の功徳力により人生に起こり得る困難を打ち破り、確たる幸せを招来することができると仰せです。
御本尊の有難い力を感じない人生は全ての難が難として感じることとなり苦痛な生活を強いられますが、強盛な信心を実践できる不退転の方は全ての難を安楽として感じることができるとの御教示です。
また大聖人は『四条金吾殿御返事』に、
「敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か。是につけても能く能く御信心あるべし」(御書一二九二㌻)
と仰せです。「法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か」と仰せのように私達は深く拝すべきであり、強盛な信心が全てを解決するとの御指南です。
人生に起こる難の存在により、安楽さの有難味を本当に実感できることであり、人生で経験する難を毛嫌いするのではなく、人生の難は安楽な境界を引き立てる役目であると認識することが大事です。
大聖人の教えを信心する私達は大難が起これば起こるほど正しい仏法であることを確信し、御本尊を持ち続けるとき、過去遠々劫からのあらゆる罪障を消滅し、即身成仏の本懐を得ることができます。末法である現代は妙法である御本尊を持つ場合、本来は持ち難い仏法であると心を決めて、いかなる大難をも忍ぶ覚悟を持つことが大事なのであると大聖人は仰せであります。
様々な難により立正安国の精神が養われ、地涌の菩薩としての自覚が芽生え、精鋭としての風格が御本尊の功徳力により自然と身についてくるはずです。
