従来、御本尊のことはすべて御法主上人お一人に限られてきたのですから、それは「権限」であり「権能」です。
日蓮大聖人は『百六箇抄』に「日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す可きなり」(全集 八六九頁)と仰せです。さらに日興上人は『日興跡条条事』に「日興が身に宛て給わるところの弘安二年の大御本尊は日目に之れを相伝す」(聖典 五一九頁)と、本門戒壇の大御本尊を日目上人へ相伝され、さらには日道上人等の御歴代上人に相承されてきました。
『百六箇抄』に「御本尊書写の事予が顕し奉るが如くなるべし」(全集 八六九頁)とあるように、御本尊書写のことは、御法主上人の権能です。
さらに御法主上人は、日蓮大聖人の仏法の一切を相承伝持される立場から、御本尊を書写され、我々に下付されるのですから、単に「役割」などという軽いものではないのです。
