正林寺御住職指導(R5.7月 第234号)
御法主日如上人猊下は『報恩抄』について、
「『報恩抄』は五大部・十大部の一つで、建治二(1276)年七月二十一日、大聖人様が御年五十五歳の時の御作であります。
これは、先に三月十六日に亡くなられた、初めの師匠であり清澄寺の住職であった道善房の追善供養のために、身延において認められて民部日向に持たせ、兄弟子であった清澄寺の浄顕房・義浄房のもとに送られた御書であります。大聖人様は、この御書を道善房の墓の前と、嵩が森の頂との両所で読み上げるように書き添えております。」(御書要文 二 P234)
と御指南であります。
一往は道善房に対する報恩を明かされておりますが、その元意である御内証は、日蓮大聖人が末法の御本仏として、三大秘法を建立し、『三大秘法抄』に説かれる戒壇建立実現と広宣流布なされることを明かされるため御化導上の御書と拝します。
今月七月は『立正安国論』を鎌倉幕府の最高権力者・五代執権の北条時頼(最明寺入道)に対して奏呈された月に当たり、『報恩抄』の認めあそばされた月とも重なります。
大聖人の「聖人と申すは委細に三世を知るを聖人と云ふ。」(御書748)御境界から『立正安国論』御奉呈時には、すでに『報恩抄』を御構想あそばされていらしたと拝信申し上げます。ゆえに「時を待つべきのみ」(御書1675)と。そして、第二十六世日寛上人は「立正の両字は三箇の秘法を含むなり」(御書文段6)との御指南に随順すると拝し奉ります。まさに「正を立てて国を安んずる」との法礎が、三大秘法であります。
究竟の中の究竟の御法門について、宗祖日蓮大聖人は『報恩抄』に三大秘法を明かされております。
「正法ありや(中略)三つあり、末法のために仏留め置き給ふ(中略)一つには(中略)本門の(中略)本尊とすべし。(中略)二つには本門の戒壇。三つには(中略)他事をすてヽ南無妙法蓮華経と唱ふべし」(御書1036)
と御指南あそばされております。ゆえに『報恩抄』の肝心要の御文であります。
その要となるのが、一つは本門の本尊、二つには本門の戒壇、三つには本門の題目であります。再往元意の上から「文の底にしづめた」(御書526)極理の師伝を尊崇申し上げた解釈が大事であります。
まさに、『報恩抄送文』に仰せである「此の文は随分大事の大事どもをかきて候ぞ」(御書1038)
との「大事の大事」な御法門を説かれた御書が『報恩抄』であります。
日寛上人は『報恩抄文段』に、
「正しく本門の三大秘法を顕わす。是れ則ち大事の中の大事なり、故に『大事の大事』と云うなり。」(御書文段379)
と。
さらに『報恩抄』を拝する上で、第六十五世日淳上人が御指南(淳全上555~9)のように『本尊問答抄』と『観心本尊抄』を拝し、また、極理の師伝を拝させていただくために、第五十六世日応上人の『弁惑観心抄』を拝読することで三大秘法を正しく理解することができます。
そのためにも、第六十七世日顕上人の「三大秘法義」を学ぶことが肝要であります。唯一「三大秘法義」は、宗門の若き竜象の大切な学び舎「蘭室の友に交はりて麻畝の性と成る」(御書248)との聖域、竜象が輩出される富士学林大学科「法教院」で、相伝に有らざれば知り難しとの極理を学ぶことが許されております。日顕上人は御遷化以前に御尊体を教壇にお運び下さり、当家甚深の御法門である「三大秘法義」を御講義あそばされ、未来広布の竜象育成のために御教導あそばされました。現在、「三大秘法義」の御講義は、富士学林長でいらっしゃり、教学部長の要職でもおられる水島日叡御尊能化から御抄を心肝に染め心に残る御法門を教授いただきます。
まさに「三大秘法義」は「富士の立義」であり、「三大秘法義」の「義」は、「富士の立義」であるとも拝します。
御法主日如上人猊下は「富士の立義」から、
「『報恩抄』には、
日蓮が慈悲曠大(こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)未来までもながる(流布)べし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ。此の功徳は伝教・天台にも超へ、竜樹・迦葉にもすぐれたり(御書1036)
と仰せられているのであります。
この『報恩抄』の御文は、大聖人の主師親三徳を明かされた御文であります。初めに『日蓮が慈悲曠大』とは主師親三徳のなかには親の徳を、『一切衆生の盲目をひら』くとは師の徳を、『無間地獄の道をふさぎぬ』とは主の徳を示されているのであります。
すなわち、宗祖日蓮大聖人様こそ、主師親三徳兼備の御本仏にして、弘通せられる大法は竜樹・迦葉・天台・伝教等にも勝れ、いまだかつて弘通せられたことのない未曽有の大法であります。」(大日蓮 第901号 R3.3)
と、三大秘法の南無妙法蓮華経を広宣流布する日蓮大聖人は主師親三徳兼備の御本仏であると御指南であります。まさに「富士の立義」であると拝します。
また、御法主上人猊下は三大秘法の広宣流布のために、
「まず自らが自行化他の信心に励むことが大事であります。自行化他の信心に励むところ、おのずと妙法の広大無辺なる功徳によって、我らもまた不軽菩薩と同様に、大神通力、楽説弁力、大善寂力を得ることができるのであります。
故に、大聖人様は『御義口伝』に、
『所詮今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る行者は末法の不軽菩薩なり』(御書1778)
と仰せられているのであります。」(大日蓮 第929号 R5.7)
と、「不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ」(御書1174)の文意を総じての法華経の行者の振る舞いについて御指南であると拝します。さらに、三力を身口意の三業にわたり振る舞うことが成就されることにより、増上慢の四衆は等しく、その説くところを聞いて確たる信心の現証を示すことで入信に至ります。
そのためにも、まず自らが自行化他の信心に励むことが大事であり、妙法の広大無辺なる功徳により、不軽菩薩と同じように、大神通力、楽説弁力、大善寂力を得ることができるとの御教えであります。
衣座室の三軌を成就する信行には『聖愚問答抄』の、
「汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻(ひるが)へさん。魔来たり鬼来たるとも騒乱(そうらん)する事なかれ」(御書409)
との御書を心肝に染めて精進することが大事であります。
さらには、『四恩抄』に、
「仏をば能忍(のうにん)と名づけたてまつる」(御書264)
と仰せの「仏をば能忍と名づく」意義を心得る姿勢が肝要であります。まさに、大聖人は能忍の御境界から出世の御本懐となる本門戒壇の大御本尊を「日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳」として御図顕あそばされました。
『報恩抄』は建治二年七月二十一日の御作であります。その翌日は七月二十二日であり、第六十六世日達上人の御祥月命日忌であります。日達上人より御相承を拝受あそばされた第六十七世日顕上人に対し奉り、現今の顕正会は御遷化に関して誹謗中傷を宣伝しています。はたして顕正会員さんの振る舞いは、人を敬う不軽菩薩の大神通力、楽説弁力、大善寂力の三力成就の振る舞いであるのかどうか、自問自答が顕正会員さんは必要ではないでしょうか。宗門からは、顕正会員さんの振る舞いは三力が成就されているとは到底認知できず、悪口罵詈が根底にある俗衆増上慢の宣伝との認識です。実際、日顕上人の送葬に参列させていただき即身成仏の御尊顔を総本山客殿にて拝した拙僧には、宣伝とは明らかに異なる玄妙な御遷化と拝見し奉りました。まさに、「一切は現証には如(し)かず」(御書1106)であり、一水四見にもよるのではないでしょうか。その一水も御尊顔を直接拝していない顕正会員さんには、不軽菩薩の人を敬う境界と明らかに異なる騒乱した「人の心は水の器にしたがふが如く」(御書409)との伝聞を根拠とした迷見であります。大聖人は「我意の浮言ならば之を用うべからず」(御書307)と。
もし、振る舞いが人を敬う不軽菩薩の三力成就でなければ、盲目を開き即刻、広告文などの宣伝を取りやめるべきです。そして、顕正会を脱会し日蓮正宗に帰伏されて法華講員となり本当の三力成就を願い、記念すべき宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の慶祝総登山に登山させていただくべきでありましょう。そして、懺悔滅罪とともに、三大秘法への知恩報恩の証として御開扉を願うべきであります。
最後に、「正を立てて国を安んずる」実現には、人本尊開顕の書「開目抄」と日蓮当身の大事「観心本尊抄」を極理の師伝を重んじて拝読させていただき、また末法の時を撰ぶ「撰時抄」と三大秘法への知恩報恩が大事な「報恩抄」の拝読が必須であります。
宗祖日蓮大聖人『聖愚問答抄』に曰く、
「人の心は水の器にしたがふが如く、物の性は月の波に動くに似たり。故に汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻(ひるが)へさん。魔来たり鬼来たるとも騒乱(そうらん)する事なかれ。夫(それ)天魔は仏法をにくむ、外道は内道をきらふ。されば猪の金山(こんぜん)を摺(す)り、衆流(しゅる)の海に入り、薪(たきぎ)の火を盛んになし、風の求羅(ぐら)をま(増)すが如くせば、豈(あに)好(よ)き事にあらずや。」(御書409)

