日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

手引書⑪

目次(手引書⑪)

150.肉眼に依ると迷いが生まれる(五眼) 151.信じることで智慧を得る「以信代慧」 152.心を塞ぐ五つの蓋「五蓋」 153.人によって見方が変わる「一水四見」 154.我見で推し量る「我田引水」 155.我見を捨てた信伏随従の大切さ 15…

肉眼に依ると迷いが生まれる(五眼)

私達が、人生に迷う原因は、肉眼を根本とするためです。肉眼は、因果の道理に迷い、善悪の立て分けが明確に出来ず、悪道に進み迷い多き眼です。 日蓮正宗の信心をしない多くの人は、肉眼に頼り生きています。学問に志し、知識を身に付ければ天眼や慧眼に通じ…

信じることで智慧を得る「以信代慧」

智慧は、生きていく上で必要なことです。智慧がなければ、有意義に過ごすことは出来ません。知識と智慧は、混同されやすいですが、根本的に違います。知識は頭に入っているだけで、智慧は実生活に密着したものです。日蓮正宗の信心は、知識を身に付けるもの…

心を塞ぐ五つの蓋「五蓋」

「五蓋」は信心を妨げる働きをし、成仏に向かう心に、五つの蓋をします。天上界より上に行かせまいとする、第六天の魔王が使う、通力の一種です。 また人生には、多くの扉があり蓋(ふた)がされています。それを「五蓋(ごがい)」といいます。その扉は、私…

人によって見方が変わる「一水四見」

同じ水でも、四つの見方があります。第六十七世日顕上人は『観心本尊抄』の御説法の折に、 「一水四見」という言葉がありますけれども、恒河の水を餓鬼は火と見る、人間は水と見る、天人は甘露と見る、菩薩は無量の法門と見るということで、一つの水でもその…

我見で推し量る「我田引水」

「我田引水」とは、自分の田へ水を引くという意味です。物事を、自分の利益となるようにひきつけて言ったり、したりすること。自己中心的な我見です。 「我田引水」は成仏の妨げであり、我欲が深く関係してきます。その背景には、自分の利益の他に、自惚れや…

我見を捨てた信伏随従の大切さ

「信伏随従」とは、信じ伏し随従することです。信心では、正しい師に「信伏随従」していくところに即身成仏があります。間違った思想に「信伏随従」すると不幸になるわけです。 その反面、自分はこう思うという我見は、三惑が邪魔している証拠です。心に汚れ…

我を振り返る信心「観心」とは

信心をしていく過程で、自分自身を振り返る信心が必要です。時が経つと、人の心は様々な縁に触れてぐらつき、信心を忘れたり、化儀でない所作を、化儀と錯覚したりと弊害が生まれます。日蓮正宗の寺院に参詣することで、我を振り返る信心が出来、成仏が確実…

過因が現果に、現因が未来果へ

過因が現果に、現因が未来果へということは、過去の原因が現在の結果であり、現在の原因が未来の結果になるということです。 世の中は、原因と結果から成り立っています。善いことをすれば、善い結果が生まれ、悪いことをすれば、悪い結果が生まれます。釈尊…

因果に応じて受ける報い「因果応報」

「因果応報」とは、過去における善悪の業に応じて、現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生ずることです。 第六十七世日顕上人は「開目抄の御説法」で、 「善因善果、悪因悪果といって、善いことを行えば善い結果が現れ、悪行は悪…

毒を変じて薬と為す「変毒為薬」

日蓮大聖人は「変毒為薬」について『太田殿女房御返事』に、 「竜樹菩薩の大論(だいろん)と申す論に『譬へば大薬師の能(よ)く毒を以て薬と為(な)すが如し』と申す釈こそ、此の一字を心へさせ給ひたりけるかと見へて候へ。毒と申すは苦集(くじゅう)の…

怪文書や誹謗中傷記事について

時々、宗内を混乱させることを目的とした、怪文書や誹謗中傷記事が掲載された文章が飛び交います。これらは、似非信心による書く本人の主観が論じられています。つまり、仏様が仰せになることではありませんので信じる必要はありません。あくまでも、時の御…

退転と不退

同じように表面上、信心をしていても、「退転と不退」に分かれます。退転にも、御本尊様を疑い信心を退いてしまう人、御本尊様は安置されていても、全く信心修行をしない人と様々な姿に退転があります。 日蓮大聖人は『法華行者値難事』に、 「我が弟子たら…

色花ではなく御樒を御供えする理由

日蓮正宗では、御本尊様を御安置申し上げるところには、色鮮やかな色花ではなく、青々とした常緑樹「樒」を御供えします。 理由は、色花では一時的な鮮やかさを保つだけで、長持ちしません。しかし「樒」は、色花とは比較にならないくらい長持ちします。この…

因縁と共にする人生

私達は「因縁」によって成り立っています。細かく示すと十二の因縁「十二因縁」があります。 日蓮大聖人は『十二因縁御書』に、 「十二因縁とは、無明・行・識・名色(みょうしき)・六入・触(そく)・受・愛・取・有・生・老死」(御書53) と御教示です…

依正不二とは

「依正不二」とは、私達と住む環境が密接な関係にあることを説かれた法門です。日蓮大聖人は『一生成仏抄』に、 「衆生の心けがるれば土もけがれ、心清ければ土も清しとて、浄土と云ひ穢土(えど)と云ふも土に二つの隔てなし。只我等が心の善悪によると見え…