大宇宙の生命のリズムと自分が合致するなどという考えは全くの邪義です。
日蓮大聖人は、宇宙に遍満する法を御本尊として顕わされたのではなく、御本仏の御内証を一幅の御本尊として顕わされたのです。
それが、弘安二年十月十二日御図顕の本門戒壇の大御本尊です。
本門戒壇の大御本尊は、人即法・法即人、人法一箇の御本尊であり、決して大宇宙の生命のリズムなどという法ではありません。
私たちの信仰の根本は、本門戒壇の大御本尊であり、この大御本尊を対境として唱題することにより、即身成仏の功徳を得ることができるのです。
御法主日顕上人は、法のみに偏った考えに対し、次のように破折されています。
「宇宙に遍満する法のリズムに我々が合致するなどと言っておるようですが、あれは大変な間違いです。むしろ、大聖人様の仏法に対する冒涜であります。法といっても、それは大聖人様の久遠元初の御当体としての自受用報身の一念に具わる法なのです」(大日蓮 五六三-五四頁)
したがって、私たちが本門戒壇の大御本尊に向かって純真に唱題するとき、御本仏の一念に境智冥合し、はじめて成仏の大利益が生ずると理解すべきです。
