日蓮正宗 正林寺 掲示板

法華講正林寺支部 正林編集部

第十五項 僣聖増上慢・池田大作を大聖人に擬する大邪説を破折する

 第十五項 僣聖増上慢・池田大作を大聖人に擬する大邪説を破折する


 学会は52年路線の時にいろいろと邪義を主張したが、結局反省していない。草創期の聖教新聞や会長指導に照らして学会は異流儀だ。
  (文責者注・右文は創価学会が宗門の主張として挙げたもの)

 大聖人は諸国を遊学して研鑚された時に比叡山で天台真言を学ばれたため、立宗直後には真言を正法だと言われていました。

『四十余年の諸経は不了義経・法華・涅槃・大日経等は了義経なり』(P.43) (※守護国家論)
『法華・真言の正法の法水』(P.69) (※守護国家論)
 しかし、伊豆流罪の前後から真言宗を明確に破折されるようになったのです。次に、竜の口の法難の前後からは、単に真言等の邪宗破折のみではなく、一切の宗教的権威を超えて法華経を持つ大聖人自身の生命が本尊であるという、人法一箇の義を唱えられるようになりました。
『法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり』(P.1109)等々 (※四条金吾女房御書)
 その後、佐渡に流罪されて、初めて御本尊を顕されました。そして、弟子の日興上人が教化した、当時は人権など一切認められていなかった熱原の農民信徒たちが、時の権力者の拷問にも耐えて、生命を賭けて妙法を持ち抜いたことに時を感じられて、出世の本懐である大御本尊を建立されたのです。
 こうして大聖人は、大難を受けられるたびに、より真実の教えを説かれて、より深い教えへと一切衆生を導かれたのです。
 今学会も、昭和35年に池田先生が会長に就任してから10年で、宗門に忍び込んでいた国家神道の邪義である「国柱会田中智学の国立戒壇論」を破折されて、三類の第一俗衆増上慢を呼び起こされ、次の10年で宗教的権威主義である道門増上慢の正信会を呼び起こされ、最後に僣聖増上慢の日顕をも呼び起こして、真実の法華経の行者として、究極の大聖人の教えを実践され、一閻浮提広宣流布の経文を実語とされているのです。
 大聖人が難を乗り越えて真実の教えを顕されたように、学会も難を乗り越える度に変わったのです、より深い真実の教えに。御書にもその基準は明確です。
『浅を去て深に就くは丈夫の心なり』(P.271) (※撰時抄)
 52年前後に宗門との攻防の中で何を言おうが、すでに真実の教えである大聖人の言葉を根本に、一閻浮提広宣流布への出発をしたのです。すべては御書が基準となるのです。だからこそ、三類の強敵を呼び起こした池田先生を師匠として前進を続けるのです。

 右の言い草は、本仏大聖人の一代の御施化を、おこがましくもウソつき団体の変化の証明としようという、摧尊入卑の破法・増上慢であります。大聖人が難を受けるたびに、より真実の教えを説かれ、一切衆生を導かれたのは、経文の実証であります。しかし、創価学会は、宗門を護るという約束を次第に反故となし、戸田二代会長の命懸けで宗門を守れという命に背いて、大謗法団体になり下がったのです。大聖人の御化導を例証に持ち出すなどは、天地以上の方向違いであります。
 今までもさんざん述べてきたことですが、池田の物欲中心・卑怯な自語相違や、おぞましい行為として訴えられるような下劣性、さらに、あらゆる手を使って国会喚問から逃げ隠れする臆病と卑劣さ、このような人格の池田に率いられてきた創価学会が、どこに法華経の行者の体験実証があるのでしょうか。全くありません。
 第一の国立戒壇論の破折なぞ、民衆立などの我見を標榜するところ、『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇の意に、創価学会と池田は背いているのです。故に、三類の第一を呼び起こしたなぞは、うぬぼれ自賛の迷言であります。
 当時、「国立戒壇」を最も声高に叫んできたのは、ほかならぬ創価学会ではありませんか。ところが、昭和四十五年に至り、池田は共産党の国会質問に怯えて、御遺命の戒壇は学会だけの民衆立で出来るかのようなスリ替えを企んだのです。何が法華経の行者なものか。かえって、経文の、
  「諸の無智の人の 悪口罵詈等し 及び刀杖を加うる者有らん」(開結四四一)
の文は、創価学会の会員が宗門に対して、あらゆる虚偽・捏造による種々の卑劣な行為をしていることに該当しており、まさに学会員こそ俗衆増上慢そのものであります。
 次に、正信会の問題は、自己のウソと言い逃れと宗門に対する謝罪に終始したのであり、故に「52年前後に宗門との攻防の中で何を言おうが」という言は、自らウソを平気で述べていた馬脚を表していることになります。指摘されて都合の悪いところは一切、不問に付して平気な創価学会は、実に卑劣、恥知らずと言うほかはありません。
 また、この「攻防」なる言で、創価学会は当時から宗門に反意し、日達上人に背逆していたことが明らかであります。この正信会を道門増上慢に当てていますが、それよりなお悪質な道門増上慢は、創価学会の職業幹部なのであります。
 「邪智にして心諂曲に 未だ得ざるを為れ得たりと謂い 我慢の心充満せん」(同)
の文は、まさに無智の会員をだましつつ、池田に習った憍慢・邪智をもって悪行をなし、しぼり取った悪財の分配を受けて私腹を肥やしている、道門増上慢にほかなりません。ウソと言い逃れに終始した創価学会に、法華経の行者たる意義なぞ、薬にしたくともありえないのであります。
 次に「僣聖増上慢の日顕をも呼び起こし」た、ということも、池田らの思い上がりによるのであります。下種三宝を受け継ぐ正宗の法主に対し、絶えざる批判・誹謗と、大聖人の教えに背いて狂った戒壇義や四箇の格言否定などの言をもって法を誤り、世に迎合する池田の謗法を、あらゆる難を覚悟で指摘・教誡した日顕こそ、世間の権威・権力に迎合することなく、正しく大聖人の法統を護る者であり、法華持者の一分であります。
 しかるに、池田らは、自分が法華経の行者であると言っております。だいたい「法華経の行者」なる語の正意は御本尊を指し給うのでありますから、なんぴとも、自ら「それなり」など、憍慢の言を吐くべきではないのです。
 池田が、大聖人の如く、数々見擯出や刀杖の難を、いつ受けたと言うのでしょうか。池田創価学会のあらゆるウソ、不正直と、色魔のようなおぞましい所業で訴えられる如き状態と、大聖人を悪用する金儲けの所業は、どこに尊い法華行者の姿があると言うのでしょうか。
 故に、勧持品に説かれる僣聖増上慢の七行(開結四四一)の経意はすべて、池田の所業にふさわしいのであります。
 「自ら真の道を行ず」という思い上がり、「利養に貪著」してあらゆる金儲けを行い、偉そうに語り、世界に勲章遍歴して世に敬われ、「悪心を懐き、常に世俗の事を念い(乃至)好んで我等が過を出さん」の如く、その一々の言動は、まさにこの文々にぴったり契合しております(開結四四一)。池田大作こそ、この僣聖に当たっているのです。
 宗門は正直に、是を是、非を非とし、創価学会の如く法盗人の所業なく、他を誑惑せず、大聖人の仰せの如く、僧俗和合の広布への浄業を貫いております。悪逆のヒロエ・クロウを使って虚偽の陥れを企む邪悪心その他、あらゆる悪業は数知れず、まさに堕地獄の団体であります。
 故に、本仏大聖人を挙げて自らの正義を証明せんとするなど、おこがましき憍慢と浅識であります。また、この大謗法の池田を師匠とする創価学会は、そのまま大聖人違背の大謗法団体であり、法華経の行者の功徳も意義も、道理も文証も現証も、全く存在しないのであります。

 最後に、池田大作の謗法罪状は、仏法と世法にわたり数えきれませんが、特に仏法上の大罪のなかから六カ条を挙げておきます。
 一、正本堂を『三大秘法抄』の戒壇と歪曲して、本仏大聖人の三大秘法の正義を乱し、教誡を受けても自ら懺悔しないこと。
 二、本門戒壇の大御本尊を軽視し、『ニセ本尊』を作製して、本宗伝統の本尊義に背反したこと。
 三、我見・憍慢による悪心をもって、七百年来の法統による血脈を否定し、下種三宝破壊の言動をなしたこと。
 四、「創価仏法」を提唱し、在家指導者への帰命を説いて、師弟相対の本義から逸脱したこと。
 五、「広布第二章」と称して本末顛倒の我意により、折伏を放棄し、大聖人の仏法広布の基本相を乱したこと。
 六、大聖人より二人目の「法華経の行者」として、自ら大聖人と肩を並べる大謗法を犯したこと。
 以上、日蓮正宗に対する創価学会の謂われなき数々の悪口誹謗への破折とするものであります。


(文責・大日蓮編集室)